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At the Moment

昭和40年代への誘い 〜〜〜 産業ロック製作所謹製
カラーテレビ値下げとネオナチ
イギリスの首相官邸が大騒ぎのようです。

「電話が鳴りどおし 英首相官邸」
(毎日新聞昭和41年11月22日朝刊3面)


「英首相官邸のウィルソン首相専用電話が十八日以来鳴りっぱなしで、秘書官はヘトヘト、政務はメチャメチャになっている。事の起こりは国会のおエラ方の電話が盗聴されていたのが最近発覚したが、ウィルソン首相が知らぬ存ぜぬと突っぱね、それを皮肉る漫画が新聞に出たことから。画面には限られたものしか知らぬ専用電話の番号がすっぱ抜かれており、それをたよりに読者がからかってかけてくるわけだ。官邸では番号を変えずばなるまいとネをあげているが、黒い霧の"トウキョウ・ダウニング街一○番地"は大丈夫かな。」


専用電話といっても、本当に極秘のものではなくてマスコミ関係者だったら周知の番号だったのしょうけれども。まあ、番号を変えることですな。



新聞斜め読み




「通産省 物価引下げに本腰 まずカラー・テレビ "年内値下げ"へ指導 合成洗剤業界にも要請 電力料金も検討 バナナも安くしたい 通産省答弁」
(毎日新聞昭和41年11月22日朝刊1面)


「 通産省は、三木通産相の指示に基づき、消費物資の価格引下げを検討してきたが、二十一日、合成洗剤とカラー・テレビの値下げを指導することを決めた。同省ではこれを第一弾として、引き続き値下げの余地のある品目に対し、同じような指導を行なうといっており、これまで産業保護の色彩の強かった同省の政策転換として注目される。
 通産省がカラー・テレビなどの値下げ指導の方針を打ち出したのは、プロパンガス、家庭電器両業界に対する相つぐ公取委の手入れにより、大企業の価格維持政策や通産省の"消費者不在"行政に批判の声が高まってきたためとみられる。とくに十一日の閣議で、佐藤首相が公取委の立場を支持、三木通産相に対して物価対策に協力するよう要請したことが決定的だったようである。
 同省が、こんど取り上げたのは合成洗剤とカラー・テレビの二品目だが、いずれもコストが大幅に引き下げられてきているにもかかわらず、価格が高水準に維持されているとみられるものである。(中略)

19型を約十七万円

 通産省は二十一日、家庭電器メーカーを個別に呼んでカラー・テレビの価格引下げを指導するとの方針を明らかにしたが、これによって十九型(一九インチ)で十七万円前後のカラー・テレビが年内にも出現する可能性がでてきた。
 これまで業界では「カラー・テレビの部品は五〇パーセント以上が白黒テレビと共通で、合理化されつくしているので、これ以上の量産効果は期待できない。カラー・ブラウン管は製品の歩止まりが悪いのでいまのところ安く入手できない、という事情がある。それにカラー・テレビの組み立てには白黒テレビの三倍近くの手間を要する」として、公式的には値下げできないとの態度をとってきた。
 業界では、表面上この態度を変えていないが「要請を受ければ一応考えなければならないだろう」というメーカーもある。この結果早ければ年内にも値下げが実現するもようだ。十九インチで十五万円というのが一応の目標だが、各社とも段階的に実施する意向なので、とりあえず実質値下げ分二万円、キャビネットや回路の簡素化で一万円、合計で三万円程度安い十六、七万円のカラー・テレビが出現する公算が強い。」


家電業界の目玉のカラーテレビですが、なかなか期待通りには普及しません。やっぱり高価格がネックになっているようで、珍しく行政が値下げに乗り出してきました。国民の人気を気にした総理の力でしょうか?



「九万八千円のカラー・テレビ 東武百貨店 突然売り出す 30台、あっというまに」
(毎日新聞昭和41年11月22日夕刊11面)


「東京池袋の西武百貨店で旧型一六インチカラー・テレビ(正価十六万九干円前後)を一台九万九千八百円で売り出す話が伝えられ、話題になっていたが、二十二日、同じ池袋の東武百賀店で一足先に同型のカラー・テレビが一台九万八千八百円で売り出され、アッという間に三十台が売り切れた。
 二十一日には三木通産相の指示で通産省が消費物資の価格値下げを指導することになり「その第一弾としてカラーテレビ一九型(一九インチ)を十九万円台から十七万円前後に値下げを指導するというが、一方では十六インチの旧型とはいえ売り値十万円以下という"既成事実"ができて、業界は複雑な様相を呈してきそうだ。
 この九万八千八百円のカラー・テレビは、東武百貨店が二十日から始めた「歳暮大廉売」で売り出したもので、西武と同じ旧型一六インチカラー・テレビ。店頭には飾らず、チラシ広告による予約受け付けをしたが、売り出し当日の午前中に用意した三十台が売れてしまった。同百貨店の話では、以前から売り出し計画を立てていたが、別に業界から横ヤリもはいらなかったという。
 しかし、このテレビ"一流メーカー品"というだけで、メーカーの名前については発表できないが好評なので、各メーカー別に交渉して、これからも需要にこたえると強気でいる。
 一方、カラー・テレビの安売りを"無期延期"した西武百貨店の森専務は「うちでも当初九万八千八百円という値段を考えた。しかし東武百賀店が仕入れたルートなどを研究して考えるがうちがすぐに同じように売り出すかどうかは決めていない」と複雑な表情だ。」


通産省の方針を知ってか知らずか、東武百貨店でカラーテレビの大安売り。それにしても、同様のセールを予定していた西武百貨店が中止したのは、なにか曰くがあったんでしょうか?



「西独州の"ネオ・ナチ"進出 欧米諸国、強い衝撃 ソ連も"警戒が必要"と報道」
(毎日新聞昭和41年11月22日朝刊3面)


「【ロンドン支局二十一日】西独バイエルン州議会選挙でネオ・ナチといわれる(国家民主党)(NDP)が十五議席を獲得して第三党に進出したことについて、二十一日のロンドン各紙はいずれも大見出しで詳細に報道し、バイエルン州がかつてヒットラー台頭の地方であった点を注目している。
 タイムズ紙はこの勝利が、ボンの欲求不満の政治家たちのいっそうの関心をひくことになろうと述べ、ガーディアン紙はNDPは不平分子の党であり、こんどの選挙は西独誕生以来最も重要な州選挙であったとしている。これに対しデーリー・テレグラフ紙はボン特派員の記事中で、ボンでは同党の成功はナチの復活というより、むしろ政局混乱に対する抗議とみなされていると述べている。
 一方、ソ連タス通信は選挙結果を警戒すべき兆候であるとし、NDPの進出はボンの政策への反発だと報じている。また、かつての枢軸イタリアでも反響は大きく、ローマのメッサジェロ紙は「ナチの地獄の思い出はまだ生々しい」と述べている。
 また、パリでも同日フィガロ紙がボン特派員の記事を載せ、一地方選挙がドイツと欧州にとってこれほど重要だったことはなく、現在ボンで進行中のキージンガー氏の連立工作に決定的ともいえる影響を与えるだろうと述べた。
 【ニューヨーク二十一日UPI】西独バイエルン州議会選挙の国家民主党(NDP)の進出は、米国でも大反響を呼び、ニューヨークでは二十一日ニューヨーク・タイムス紙など朝刊紙がともに全段抜きの大見出しのもとにボン特派員の長文の記事を掲載した。」



「ベルリン市議選にも立候補 ネオ・ナチ通告」
(毎日新聞昭和41年11月22日朝刊3面)


「【ベルリン二十一日AFP】西独バイエルン州議会選挙で躍進した極右の国家民主党(NPD)は二十一日、来年三月十二日に行なわれる西ベルリン市議会選挙にも立候補者を立てる旨の文書を関係者に配布した。」


 欧州各国で衝撃をもって伝えられたニュースですが、日経が解説記事を書いているので紹介。


「さまよう"ナチの亡霊" 党員の大半が30歳台 神経とがらすまわりの国」
(日本経済新聞昭和41年11月22日夕刊2面)


「ナチスが壊滅してから二十年以上たった西独で再び"ナチスの亡霊"がさまよい出している。ネオナチスと呼ばれるNPD(ドイツ国家民主党)がへッセン、バイエルン両州の州議会選挙で大量進出し、かつてのナチス台頭時代のような不安感を周辺の欧州諸国に与えている。

発祥地バ州で急進出

 ヘッセン州の選挙でNPDが総投票数の七・九%を得て八議席を獲得した時、欧州の各紙はいっせいに騒ぎ立てた。タイムズ紙は「ヘッセンからのショック」という題の社説を掲げて「現在の西独の環境は、ヒトラーを政権につかせた時とはかなり違うが、NPDについて真剣に考えなければならない」と述べたし、ル・モンド紙も「混乱に乗じてのボロもうけ」という題でNPDの進出を憂慮している。
 欧州各国がNPDに対し特に神経をとがらせているのは、その進出の速さである。NPDは一九六四年に群小極右政党が集まって結成された。そして早くも咋年九月の総選挙には総投票数の二%にあたる六十六万票を獲得している。西独の選挙法では得票率が五%を越えない政党は議席を得られないことになっているので、NPDは連邦議会の議席は獲得できなかったが、ことし三月のシュレスウィヒ・ホルシュタイン州の市町村選挙では一○%も得票して急進出した。その後、ハンブルク市、ノルトライン・ウエストファーレン州の選挙では議席を得られなかったものの、ヘッセン、バイエルン両州では大成功をおさめたわけである。特にバイエルン州はナチス発祥の地でもあり、NPDは七・四%の得票率で十五議席を奪い、FDP(自由民主党)をたたき落として一躍、第三党の地位にのし上がった。

現政治への不満反映

 こうしたNPD急進出の背景には政治の現状に対する両独国民の強い不満がうかがわれる。両独国民は西独が欧州第一の経済力をたくわえながら国際政治には全く無力であり、いまだに近隣諸国に対してナチスの犯した罪を心理的な負担としていることに不満を持っている。それに戦後二十年以上もたつのにドイツ再統一問題はなにも進展していない。
 ずっと政権を担当してきたCDU(キリスト教民主同盟)はこの問題になんらなすすべを知らなかったし、SPD(社会民主党)やFDPにしても解決策を持ち合わせていない。この点、NPDがオーデル・ナイセ以東の旧ドイツ領の返還要求、いまだに続けられている戦犯裁判の打ち切り、対米従属関係からの脱却を政策綱領にあげていることは、不満を持つ西独国民にかなりアピールしたものとみられる。

カギ十字はないが

 ところで、NPDはナチスのような政策をとろうとしているのだろうか。フリードリッヒ・ティーレン党首はナチスとの関係を否定し、れれわれは民主的であると述ベている。そしてユダヤ人を差別しないだけでなく、ユダヤ人の党員もいると主張している。しかし実際にはナチスとの開係はかなり密接なようだ。たとえば十八人の党幹部のうち十二人は旧ナチであり、しかもそのうちの七人はヒトラーが政権をとる以前からの党員だった。またNPDの旗は真紅の地にまんなかを丸く白抜きにしたもので、これにカギ十字を入れれば完全にナチスの旗となる。
 そのためNPDの内部ではナチス的な行き方に反対する動きも出ており、最近、ビンダー副党首らは党内の極右派の支配増大に公然と不満を述べて除名されてしまった。ビンター氏は「私は狂信的な思想によって国を悲劇におとしいれる責任をとりたくない」と述べ、バイエルン州の選挙ではNPDに投票するなとさえ呼びかけた。しかしこうした分裂が起こったにせよ、NPDの党員や支持層に第二次世界大戦の時にまだ未成年だったものが多いという事実はいくぶん不安を感じさせるものがある。党員の三分の二は三十五歳以下といわれ、またヘッセン州の選挙に立候補した候補者も大部分三十代だった。

いざとなれば禁止も

 だがNPDが今後党勢を増大すると考えるのは早計である。いかに西独国民が政治の現状に不満を持っていたからとて、大多数のものはナチスの復活を望んでいないし、またナチス被害を受けた近隣諸国も黙っているはずがない。西独政府はいざとなればナチスと関係のある政党を禁止する政党法をNPDに発動することができるのだ。
 西独ではいまだに政府の要職につくものはナチスとの関係を執ように追及されている。最近CDUの首相候補に選ばれたキージンガー氏がナチスとの関係を洗われているのもその一例である。キージンガー氏の場合、一九三三年にナチスに入党し、西独外務省で海外向け放送を担当していたといわれるが、同氏は入党の翌年にナチスに対する興昧を失ったこと、また反ユダヤ的放送内容は消したことでゲシュタポに密告された事実をあげて陳弁につとめている。
 シュレーダー外相もかつてナチだったが、ユダヤ系の夫人と結婚するため離党した経歴の持ち主だ。この世代の人々は青年時代にナチスとなんらかの関係を持たざるを得なかった人々だが、現在、ナチ思想とは直接的な関係はない。しかしNPDの進出といい、キージンガー氏の前歴といい西独のニュースにはこのところナチスに関係したものが多いだけに、他の欧州諸国をいらだたせているのであろう。」


 現政権への不満の表明として票をのばしたとみて欧州の新聞の論調も、注意して見守ることが必要だがまだ危険な段階ではないというものがほとんど。ここらへんは、第一次大戦後ドイツに対する懲罰が激しすぎために、逆にナチの台頭を招いてしまった、という経験が生きているのでしょうか。



「試走中にブロック・サイン 八百長競輪、四選手ら検挙」
(毎日新聞昭和41年11月22日朝刊15面)


「【横浜】八百長競輸を捜査中の横浜保土ケ谷署は、二十一日までに競輪選手の山口県都濃郡、N(三三)宇部市、I(三九)下関市、Y(三二)大分県別府市、T(四六)の四人と、神奈川県大和市、土建業、K(四一)ら三人を競輪法違反(贈収賄)の疑いで検挙した。
 調べによると、Iは昨年九月末、Kらに「八百長競輪をしてくれ」と頼まれて十万円をもらい、同年十月三日から三日間、埼玉県所沢市の西武園競輪場で行なわれた"第二回川越市営競輪"で、本命選手を妨害した。N、Y、Tらも三十九年暮れから昨年十一月までの間に、現金五-十万円を受け取り、大阪府の岸和田競輪、神奈川県川崎競輪などで、八百長競輪をしていた。
 このほか四選手は後楽園、名古屋競輪でも、八百長をしていた疑いがある。しかし八百長がうまくいかず、Kらのあげた利益は百万円程度だった。
 Iら四選手は日本自転車振興会所属A級選手。競技開始前の試走のさいブロックサインで、Kらにマークする選手を知らせるなどしていた。」


警察が捜査が開始したきっかけはやはり内部告発かな。百万円の利益とは、なかなかのものですが、かけた手間やリスクの割には合わなかったということなんでしょうね。競輪の予想で、『ブロックサインの解読』が流行するかも。



今日の殺伐




「猛犬、四人をかむ 藤沢」
(朝日新聞昭和41年11月22日朝刊15面)


「【藤沢】二十一日タ、神奈川県ノ藤沢市内の住宅街で犬が小、中学生四人を次々とかみ、手足などに一週間から三週間のけがをさせて、逃げた。
同日午後四時ごろ、同市立明治中学校グラウンド裏手の同市Mさん方庭で次女、同市立明治小一年Mちゃん(七つ)と近くの同所Mさんの長女同小一年Iちゃん(七つ)が遊んでいたところ、突然体長八十センチ前後の黒い犬が飛込んできて次々にかみついた。
Mちゃんは右腰や左肩など二カ所をかまれて二週間のけが。Iちゃんはひざの付け根をうしろから幅十センチほどかみ切られ、右モモも無数のかみ傷で三十針も縫う三週間のけがをした。
 同時刻ごろ、同中学校裏の畑跡の広場で遊んでいた同所Mさんの長男、Tちゃん(六つ)も同じ犬に襲われ、右腕や左ひざを前後からかまれたほか、同中学校内の渡り廊下で同市Sさんの長女、同中三年Sさん(一五)も右モモや腰をかまれ、それぞれ一週間のけがをした。
同夜、藤沢保健所へ同市Aさん(三一)から「飼っているドーベルマンがクサリを切って逃げた」と届けがあり、同保健所はこの犬がかみついたとみて捜している。」


逃げたのはともかく、有無を言わせず子供たちに噛みつくとは、普段どんな飼い方をしてたんでしょうか。いくらドーベルマンとはいえ、かなりストレスが溜まっていたんですかね。



「選手来ず、お客さん騒ぐ 板橋でのプロレス興業」
(毎日新聞昭和41年11月22日朝刊15面)


「二十一日夜、東京板橋区板橋四の六の一六、元都電板橋駅前広場板谷駐車場で行なわれる予定のプロレス興業(主催・オリエントプロ興業、埼玉県)で、試合開始の午後六時半をすぎても選手が現われず、七時半すぎ主催者が「連絡の手違いで試合は中止になった」とリングから説明した。しかし約千三百人の観客の大半がリングに上がってロープをひきちぎったり、イスをこわして騒いだ。
 板橋署と警視庁第四機動隊から二百人が出動して警戒に当たったが、十時すぎ残っていた約五百人に払い戻しをはじめたためおさまった。
 同夜のプロレスは東京プロレスリング興業(豊登会長、新宿区)がオリエントプロに興業権を売ったもので、豊登、猪木や外人選手が出場するはずだった。東京プロレス側は「試合前に受け取る約束のファイトマネーを払わないので選手を引き揚げた」といっており、同署は両者から事情を聞いている。
 なおオリエントプロは二十三、四の両日、同駐車場で払い戻しを行なう。」


もう11月も末ですが、駐車場での興業とは野外特設リングだったんですかね。この寒空の夜に延々待たされて『中止』と知らされたら、そりゃ暴れますわな。
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模造千円札と子殺し
 そそっかしい人もいるものです。

「あっ時限爆弾、それ逃げろ 宣伝用コーヒーを買って感違い」
(毎日新聞昭和41年11月21日夕刊1面)


「二十一日午前七時すぎ、東京墨田区、会社員、西村武さん(四九)方から向島署に「インスタントコーヒーを買ったが、時限爆弾らしい」と一一〇番で連絡があった。
 署員六人がパトカーでかけつけ調ベたところ、西村さん方で朝食にコーヒーをいれようとインスタントコーヒーのフタを開けたとたん、フタの裏にモーターのようなものがついていて、いきなり回りだしたという。」


 で、よくよく見てみたら、売り物のコーヒービンではなく宣伝用のビンで、フタのポップ広告をを右に左に揺らすモーターだったというワケ。それを売ってしまう店もウッカリ屋さんですが、それを買って驚く西村氏も相当なうっかりさんですね。



新聞斜め読み




「模造千円札の個展案内状 画家に懲役求刑」
(毎日新聞昭和41年11月21日夕刊1面)


「個展の案内状などに使うため、千円札の模造品を作ったとして通貨、証券模造取締法違反で起訴された画家、赤瀬川克彦(二九)=東京杉並区=ら三被告の求刑公判は、二十一日、東京地裁刑事十三部(堀義次裁判長)で開かれ、北村検事は「どこで使用されるかわからないほど実物に似ている。芸術家の表現の自由にも限界がある」と赤瀬川被告に懲役六月、二人の印刷業者にそれぞれ懲役四月を求刑した。
 この事件は、ニセ千円札"チー三七号"事件が世間を騒がせた当時、警視庁捜査三課に摘発されたもので、芸術活動として行なわれた通貨の模造が罪に問われたのは珍しく、芸術か犯罪かをめぐって論争がくりひろげられていた。
 起訴状によると、赤瀬川被告らは三十八年一月中旬、千円札の表側を写真製版にとり、クリーム色の紙に緑色のインクで印刷、裏には個展の案内状を印刷した模造品約三百枚を作ったほか、同年三月から五月までの間にも約二千七百枚を作った。」


確か、この千円札は表だけで裏は印刷していなかったと聞きましたが、それでもダメなんでしょうか?また、『芸術か犯罪か』といっても、"芸術かつ犯罪"というものがあり得る以上、論争することにあまり意味があるとも思えませんが。



今日の殺伐




「本格調べ 首なし事件」
(朝日新聞昭和41年11月21日朝刊15面)


「【大阪】大阪の首なし事件の容疑者、徳島県生れ、トラック運転手高橋文明(三七)の本格的な取調べは、二十日朝から大阪府警水上署捜査本部で始った。
 高橋は、九日朝の犯行から北海道までの経過を、ほぼ全面的に自供した。捜査本部は二十一日、動機、計画性などについて調べる。
 北海道警本部に保留していたミユキさんの首は二十日夜、空輸され、大阪に着いた。」


昨日の報道では、日航に断られた首の空輸ですが、結局空輸されたようです。13日の事故で客足の遠のいた全日空に頼んだんでしょうか?



「長男殺しを自供 睡眠薬で 沼田の元保険外交員」
(朝日新聞昭和41年11月21日朝刊15面)


「【沼田】群馬県沼田署は、沼田市元保険外交員和泉憲児(三七)を保険金欲しさから長男の康一ちゃん(五つ)を睡眠薬を使って殺したとみて、別件の業務上横領の疑いで十七日に逮捕し調ベていたが、二十日午後三時すぎ「康一が別居している妻を慕ってなじまないため、睡眠薬を数回にわたって飲ませて殺した」と犯行を自供した。同署は和泉の逮捕状を殺人の容疑に切替え、和泉の家から睡眠薬の空ビン四個を押収し、保険金詐取をねらった擬装殺人の疑いでさらに追及している。
 康一ちゃんは十月二十一日に死んだが、別居中の妻の知人から死因に不審な点がある、との訴えがあり、同署で内偵したところ(1)生活がかなり苦しいのに、七月に康一ちゃんに百万円の災害生命保険をかけた(2)バイクの荷台から落ちて頭を打ったといつて同市内の三軒の医師をまわり、苦心して死亡診断書を書いてもらったこと(3)保育所から見舞にいっても康一ちゃんに会わせなかったこと、などがわかり、二十二日の葬式を中止させ、同日群馬大で死体解剖して究明に当った。その結果十一月十四日に康一ちゃんの胃のなかから致死量の睡眠薬が検出されたので十七日、別件で逮捕した。
 自供によると、和泉は八月三十日妻Mさん(三三)が家出したあと、康一ちゃんら二人の子どもを育てていたが、康一ちゃんが母を慕って「なぜ、おかあさんを追出したの」となじるので殺そうと決意し、十月十日ごろから二十一日までの間に睡眠薬を数回にわたって飲ませた。
 和泉は康一ちゃんを殺して無理心中をしようとしたといっているが、同署は康一ちゃんが死ぬ数日前に保険金の受取人を妻Mさんから次女Kちゃん(一○)に名義換えしたこと、康一ちゃんの死因を保険金が倍額もらえる交通事故死にしようとしたことなどから、擬装殺人による保険金詐取の疑いを強めている。
 和泉はMさんと別れるまでは、夫婦で生命保険の外交員をしていたが、酒ぐせが悪いため家庭に波風が絶えなかった。
 小児マヒで寝たきりだった長女恵美子ちゃん(一二)もMさんが以前家出した二日目の七月十二日死亡している。康一ちゃんの保険金は恵美子ちゃんの死後かけた。」


我が子を手に掛けたという、なんとも後味の悪い事件。『子宝』という言葉も今は昔なんでしょうか。
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首なし死体事件続報と欧州ゴミ事情
 昨日に引き続き、大阪の首なし死体事件がトップニュース。



新聞斜め読み




「私刑・暴力は厳罰 中共、紅衛兵に重要通告」
(毎日新聞昭和41年11月20日朝刊1面)


「【北京十九日高田特派員】中共は十九日、紅衛兵の私刑(リンチ)暴力行為を徹底的に取り締まる方針を打ち出した。同日、中国共産党北京市委員会が市内各所に張り出した「重要通告」(十八日付)は(1)いかなる工場、鉱山、学校、機関(官公庁、団体)においても私設の留置場ないしは私設法廷を設けて、暴力、拷問を加えることは許されない(2)このようなリンチは党紀違反であり、背後関係者もきびしく追及される(3)今後はこれに類する施設あるいはリンチ行為があれば、厳重に処罰する−−と述べている。
 なぜこうした「重要通告」が公布されたかについては明記されていないが、北京市民の間では直感的にさきに先農壇スポーツセンターで発生した張以随事件に関連したものと受けとられている。
 中共北京市委員会の広報班長・張以随が北京師範学院の紅衛兵に監禁されて「工作組」問題の追及を受け、十一月四日サッカースタジアムの付近で変死休となって発見された事件は李富春(国家計画委員会主任)謝富治(公安部長)両副首相と呉徳北京市長代理(党委員会第二書記)らの指揮のもとで本格的な再捜査が進められている。
 これと並行して自殺を主張する北京師範紅衛兵と、他殺の疑いを強める張以随の遺族側との壁新聞の応酬も活発だが、いずれにせよ紅衛兵が「工作組追及」を錦の御旗にして四日間も一室に監禁していた事実は、紅衛兵運動の行き過ぎとして、市民の間に深刻な波紋を広げつつある。
 またこの事件と時を同じくして、十月二十七日夜から二十八日未明にかけ、北京の中央戯劇学院紅衛兵が同じく工作組問題で軍事科学院に押しかけ、王樹声国防次官と応酬のうえ、警備に当たった解放軍兵士と乱闘を演じ、双方におよそ八十人の負傷者を出したうえ、この乱闘事件をめぐって紅衛兵同士の暴力ザタも続いている。
 いわば張以随事件は「氷山の一角」にすぎないとみられ「紅衛兵の暴力」が批判のマトになるに及んで、中共当局もついに今回の断を下すに至ったとみられている。
 同時にこうした行き過ぎが紅衛兵運動の前途に暗影を投げかけた点も見のがせないとされている。」


「工作組」問題は、失脚が伝えられる劉少奇追い落とし活動の一環のように見えますが、まだまだ血生臭い文革の混乱は続く模様です。中共当局が抑えようとしても、肝心の毛主席がまだまだヤル気まんまんのようですし。



「外国のゴミ・東京のゴミ (下) 橋本都清掃局長の視察報告 どこでも混合収集 でもデスポーザーが使われ汚水のしみ出る心配はない」
(毎日新聞昭和41年11月20日朝刊15面)


「ゴミの処理はなるべく人目につかないように、しかも衛生的に処理することにある。こんど見て回った各都市はどこも東京と同様、台所ゴミとそれ以外のゴミを一緒にバケツに入れたものを集める混合収集方式だった。ただ収集時間は東京と違って、ほとんどが朝の六時ごろから始まる。
 集め方で変わっているのは、ローマである。ローマの新アパートにはダスト・シュートがない。市の収集員が麻袋を持って共同住宅の各階を回り、ドアの前に置かれたバケツから麻袋にゴミを移し、いっぱいになると、大黒様のように麻袋をかついで収集車まで運ぶ。麻袋を車の後部に引っかけると、袋は自動的に持ちあがって車の上に投入され、カラの袋が返ってくるという仕組み。このため、東京では車一台に二人の収集員がいればよいものが、ここでは車一台に七ー八人付いている。
 欧州の家庭ゴミは東京のゴミとは違って、ジャガイモの皮や、しおれた草花のほかは紙くずやあきかんのたぐいだから、麻袋から汚水がしみ出る心配はない。ゴミがこんなに違うのは食生活の相違が大きな原因だが、デスポーザー(粉砕器)の使用が許されていることも影響している。パリではデスポーザーを買えない家庭は、主婦が包丁で野菜くずなどを切りきざんで下水に流しているのだという。
 パリ市清掃局の幹部は「わがパリ市が一日に出すゴミをコンコルド広場に積み上げると、高さ百メートルのピラミッドができあがる」と"豪語"していたが、東京で一日に出すゴミをパリに運べぱ高さ百メートルのピラミッドが三つもできる。「東京のゴミの始末はなまやさしいものではない」とつくづく考えさせられた。
 また、道路のゴミについてみると、ロンドンでは夜九時半から翌朝六時半までに道路の清掃が行なわれ、朝、市民が起きるころには道路はすっかりきれいになっている。パリでは作業貝が朝、ゴミ収集を終えたあと、手に手にほうきを持って受持区域に出かける。歩道と車道の境にセーヌ川の水を利用した水道が配管されており、この水と一緒に路上の落葉やゴミくずを下水口に掃き込んでしまうというやり方。ロンドンでもパリでも清掃後かなり時間のたった宵の口のころには、大通りはだいぶよごれる。パリでは通行人が往来で捨てた紙くずはお巡りさんが拾って、くず箱に入れてくれると市清掃局ではいっていた。
 また欧州の諸都市では清掃担当の部局が市内の全道路の清掃を受け持っており、東京のように国道は建設省、都道は都清掃局、区道は区役所というような「責任の明確化」はなされてはいないようである。
 欧州の諸都市では電気洗たく機、中古車、古い家具といった耐久消費財の廃品をゴミとして捨てる家庭がポツポツ出始めている。使い捨て時代のこうした新しいタイプのゴミが、私たちの行く手に待っている。」


『欧州の家庭ゴミは東京のゴミとは違って、ジャガイモの皮や、しおれた草花のほかは紙くずやあきかんのたぐいだから、麻袋から汚水がしみ出る心配はない』とは、ちょっと驚きですね。いくらデスポーザーを使っても、下水の浄化処理能力には限度があると思うのですが、大丈夫なのか疑問。特に下水処理せずに川や海に流してしまうのでしょうかね。しかし中古車をゴミとして捨てるなんて、さすが欧州は裕福デス。



今日の殺伐




「妻、愛人の板ばさみ 高橋 仏がわり、首持ち歩く」
(読売新聞昭和41年11月20日朝刊1面)


「【大阪】大阪市此花区伝法町、新伝法大橋架橋工事現場下の新淀川に浮かんだ高松市、ホステス実平みゆきさん(二五)の首なし死体事件の犯人、トラック運転手高橋文明(三七)は十九日午後一時すぎ立ち回り先の北海道岩見沢市で死体損壊、同遺棄で緊急逮捕されたが、身柄は同日午後九時、大阪国際空港着の日航機で護送され簡単な取り調べを受けたあと大阪府警・水上署の捜査本部に留置された。
 高橋は捜査本部の取り調べに対し「三角関係の清算するために殺した。首を切ったのは北海道で埋めてやろうと思ったからだ」と自供しているが、二十日から犯行の方法、凶器などを中心に本格的に取り調べにはいる。
 自供によると高橋は徳島県の本籍地に妻とこども三人を残して高松市に出かせぎに行ったが、昨年六月高松市内のバーに働いていたミユキさんと知り合い、高松市、Oアパート二階六畳二間を借りて同せいした。ところが最近、ミユキさんは高橋に妻子があることを知らされ「こどもができたら困るので籍を入れてくれ」と再三迫った。
 妻子とミユキさんの間で板ばさみになった高橋は入籍を迫るミユキさんを殺害しようと決意したという。
 高橋は大阪水上署で大庭大阪府警捜査一課長を通じて次の通り記者団の問いにこたえた。
 −−首を持ち歩いてどうすうるつもりだったか。
 「世間の目をのがれて北海道で一人働きミユキの墓をたててやるつもりだった。首は仏がわりだ」
 −−死体になぜ服を着せたのか、バレるとは思わなかったのか。
 「手がかりになるものは一応全部取り除いた。しかし裸で川に流すのは冷たくてかわいそうだから着せた・・・」
 −−あとに残った自分の妻子はどうするつもりか。
 「妻子は実家が農家だから自分がいなくても食べていけると思った。犯行後自殺をするか自首しようと思ったが、こどものことを思いどうしても生きのびたかった」」


「トラックで死体運ぶ 首なし事件の高橋 飛行機で身柄護送」
(毎日新聞昭和41年11月20日朝刊15面)


「【札幌・大阪】愛人の香川県高松市、キャバレー・ホステス、実平ミユキさん(二五)を殺し、首なし死体を大阪市此花区の新淀川に捨てた疑いの徳島県生まれ、トラック運転手、高橋文明(三七)は犯行を自供、十九日夜、千歳空港発の日航機で護送され、午後八時四十五分大阪国際空港についたあと、水上署に留置された。
 自供によると、高橋は昨年五月二十日ごろ、徳島県下のバーに飲みに行き、ミユキさんと知り合い、同年九月から一緒に住んだ。今年九月、高松市のOアパートに部屋を借り、ミユキさんはキャバレー「レインボー・ガーデン」のホステスとなった。
 ミユキさんは高橋が結婚して三人の子供があるのを知らず「早く入籍してほしい」と高橋にせがんだ。ミユキさんはときどき「死にたい、一緒に死のう」などといっていたため、九日午前七時半ごろ、自宅六畳間で目をさましたとき、床の中で「殺してやろうか」といった。するとミユキさんは「あなたなんかに殺せない」といったため、横に寝ていたミユキさんの首を両手で絞め殺した。
 十二日まで死体はフトンにくるみ、一緒に寝起きしていたが、同日午前七時ごろ、紺色スーツを死体に看せ、室内で出刃包丁を使って首を切った。そのあとデパートから買ってきた幅一・四メートル、長さ二メートルのビニールに包み、ロープ二本でしばってその上から赤い毛布をかぶせ、勤め先の運送店の四トン積みトラックの運転台に乗せ、高松港からフェリーボートで大阪に向かった。大阪に着いてからは第二阪神国道を走り、此花区の伝法大橋から新淀川にビニール包みの死体だけを捨てた。首はかわいそうだったので捨てる気にならず、持ち帰った。
 十六日、アパートの荷物を整理、首はビニールに包んで、スーツケースに入れ汽車で岩見沢に向かい、十八日午後十時半ごろ着いた。その足で以前一緒に働いていた同僚の兄にあたるTさん宅をたずねたが見つからず同夜は旅館に泊まり、翌十九日午前九時半再度たずねた。」


昨日の記事で『どうやって死体を大阪に運んだのか?』と疑問を書きましたが、やはりトラックを使ったようです。勤め先のトラックを使ってまず死体を大阪で捨て、一旦戻って部屋の整理をし、鉄道で北海道に向かったとのこと。首は供養のために持ち運んだと供述していますが、『手がかりになるものは一応全部取り除いた』とも言っているので遺体の身元を隠すために切断したとも考えられますね。



「無口・・・郷里には妻子 高橋という男」
(毎日新聞昭和41年11月20日朝刊15面)


「【高松・徳島】高橋文明は、友人の話では「酒もタバコも飲まず無口で、おとなしい性格だった」という。
 高橋は徳島県名西郡、農業、Tさん(六四)の長男として京都で生まれた。立命館大学付属中学校を卒業後、昨年六月まで同町で生活していた。この間に結婚、三人の娘がいる。
 ことし春「大阪で働く」といって妻子を父にあずけ家を出た。ところが大阪には行かずに高松市に住み三月二十二日から香川県のS運送店に勤務、長距離トラックの運転手になった。」


同事件についての続報です。昨年五月にミユキさんと知り合い、同年九月同棲開始、で今年の春に『大阪に行く』と言って家を出たということなので、出稼ぎを口実にしてミユキさんと駈落したというのが実状のようですね。



「首の空輸はダメ」
(毎日新聞昭和41年11月20日朝刊15面)


「ミユキさんの首は、高橋と一緒に空路運ぶ予定だったが、日航が空輸をこばんだため、首だけは北海道警本部でしばらく預かり、あとで列車便で運ぶことになった。」


首の機内持ち込みは不可だそうです。警察も正直に問いあわせないで黙ってこっそり持ち込んじゃえばよかったのに。
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