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昭和40年代への誘い 〜〜〜 産業ロック製作所謹製
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荒船運輸相更迭 紅衛兵インタビュー
 喜劇役者の清水金一さんが亡くなったそうです。亡くなったのは十日午前三時。脳内出血だったとのこと。まだ五十四才だったんですね。毎日新聞の朝刊15面にプロフィールが載っていたので引用します。

「甲府市生まれ。十六才のとき東京浅草の軽演劇、清水金太郎一座にはいり、師匠の死後、柳田貞一門下となり、シミキンの名でオペラ館、笑の王国などで活躍。一座を組織して「ミッタラッシャネェ(みっともなくてしょうがない)」「ハッタァスゾ(張り倒すぞ)」の流行語を生み、エノケン、ロッパと並んで"浅草喜劇の三天皇"といわれた。
 その後映画にも出演、代表作「シミキンの競輪王」などがある。二十六年の東宝争議以来不運が続き、一時はドサ回りの旅役者をやったこともあり、再三、再起の旗上げ公演を行ったが失敗、三十六年二月には睡眠薬自殺をはかるなど晩年は恵まれなかった。」

「シミキンの競輪王」は正確には「シミキンの無敵競輪王」。この映画は名画座で見たことがありますが、大学生役にしてはちょっと老けすぎじゃないかと思った記憶があります。なかなか、楽しい映画ではありましたが(筋立ては、マルクス兄弟の「マルクス一番乗り」って感じ)、浅草で名をあげた彼としてはあの映画が代表作というのは、ちょっと不本意だったのではないかと。戦争がなければ、彼の旬の時期にもっといい映画を作れていたかもしれません。





新聞斜め読み




「毛思想の学習を怠れば 幹部も地位を失う 人民日報強調」
(読売新聞昭和41年10月12日夕刊2面)


「「毛主席の本を読み」「毛主席のいうことを聞き」「毛主席の指示通りに仕事をやり」「毛主席のよい戦士になれ」という四つのことばは、戦士に対して説いているばかりでなく、まず幹部、ことに高級幹部に対して説いているのである。」


これを"個人崇拝"といわずして、何と言いましょうか。毛主席は、反スターリンの左翼の希望の星だったんですがねぇ。



「劉主席夫人に自己批判要求 紅衛兵」
(読売新聞昭和41年10月12日夕刊2面)


「【ベオグラード十一日発=AP】ユーゴのタンユグ通信は北京電として十一日、紅衛兵が人民に対し劉少奇国家主席夫人の王光美女史を批判するおう要求したと報じた。同通信によれば、劉主席の住居の近くに紅衛兵がかかげた壁新聞は王女史の気持ちが反革命、修正主義者の側に傾いていると非難、女史みずから北京大学に出かけて、自己批判をするよう要求した。」


上の記事にありますが、国家主席の夫人でも毛皇帝の言葉に逆らえば、紅衛兵のつるし上げが待っているようです。



「紅衛兵の幹部と会見 北京の日本人記者団」
(毎日新聞昭和41年10月12日朝刊14面)


「【北京十一日高田特派員】「毛主席の後継者はだれだと思うか」との質問にすかさず「林彪同志」という声が上がった。「どういうわけで?」と反問すると「毛主席は統帥、林彪同志は副統帥である」という答えが返ってくる。すべてを「毛主席語録」と人民日報によって明確に割り切り、直線的に行動する中共の「赤い十代」紅衛兵は、いま、新しい作戦に備えて組織の拡大と強化を急いでいる。北京に常駐する日本人記者団は十日、初めて精華大学付属中学(現在、紅衛兵戦校と改名)を訪れ、同校の紅衛兵幹部と四時間近く紅衛兵運動の成果と将来について討論した。(中略)
 ー何百万という紅衛兵が「経験交流」のために、タダで大量の交通機関を使っていることは、国家の経済建設を阻害しないか。
 答 われわれは、何よりも政治的なソロバンを優先させる。思想が革命化されれば、必ず経済建設を促進する。精神の力は物質に変えられるからだ。(中略)
 ー毛主席の後継者はだれと思うか。
 答 (数人が異口同音に)林彪同志。毛主席と林彪同志の健康は中国人民の大きな幸福である。
 ー諸君はなぜ毛主席の健康と同時に劉少奇国家主席の健康を取り上げないのか。
 答 彼はいぜんとして国家主席であり、最近の人民日報に周首相とともにソマリアに車両を送ったとの報道があった(袁君が質問をそらしたが、一同は無関心な表情をかなりはっきりさせた)。
 ー劉主席はこんどの文化大革命で、どのような役割を果たしていると思うか。
 答 それは党内の問題で、われわれにはわからない。
 最後に「毛沢東思想の神髄は、どういうものだと思うか」と質問したら、数人が一緒に「造反有理」(謀反には道理がある)と叫んだ。」


『精神の力は物質に変えられるからだ』とのことです。だから、それは一回『大躍進』政策で破綻してますって。失敗にも道理があるんですよ。



「荒船運輸相を更迭 後任は藤枝泉介氏 相つぐ不祥事件で」
(毎日新聞昭和41年10月12日朝刊1面)


「佐藤首相は十一日、たび重なる行政上の"失態"を演じた荒船運輸相を更迭し、その後任に自民党総務局長・藤枝泉介氏(元防衛庁長官・川島派)を任命することを決めた。藤枝氏は川島特使(自民党副総裁)とともに東欧三国を訪問、パリに滞在中のため、同日午後、愛知官房長官からパリに連絡、藤枝氏に急ぎ帰国するよう公電を発した。藤枝氏は十三日中に帰国の見込みで、認証式は帰国後に行なわれる。
 荒船運輸相は、選挙区(埼玉三区)の国鉄深谷駅に急行列車を停車させるという"職権濫用事件"が明るみに出たさい、佐藤首相に辞意を表明していたが、"預かり"の形となっていた。しかしその後も、運輸関係業者を後援会に入会勧誘した事実などが表面化、さらに十一日には衆院運輸委員会で、同相がさきの日韓閣僚懇談会に民間業者二人を随行の形で同行させた新事実が追求されるにおよんで、首相もついに更迭に踏み切ったもの。」


一点、上記の記事に補足。深谷駅に急行列車を職権濫用で停止させた、というのは荒船氏が乗っていた急行を無理矢理停止させて深谷駅で降りた、というような事件ではありません。彼の地元が深谷市なんですが、それまで急行が深谷駅に停車していなかったのを、急行停車駅にしたという事件です。まあ、職権濫用といえばそうなんでしょうが、特急でもなく急行を停車させるなら、深谷市程度の人口ならそんなに大騒ぎするほどの問題でもないような気が。ま、それ以外の事件はちょっと言い訳できなさそうなんで、辞任はしょうがないとは思いますが。



「大森議員、ノイローゼ 鹿児島視察 記者会見でおかしな言動」
(読売新聞昭和41年10月12日夕刊11面)


「【鹿児島】参議院科学技術振興特別委員会の大森創造委員長(社会)と源田実(自民)鹿島俊雄(自民)委員は十一日に鹿児島県肝属郡内之浦町の東大宇宙空間観測所を視察したあと十二日、鹿児島県知事室で記者会見した。
 この席上、大森委員長はイスの手すりに足をかけて寝そべったり机にうつぶせになったり、また、ときどき「なんといった」と、大声で記者の質問を聞き返すなどおかしな言動が多かった。あまり態度が悪いため記者団に注意されたが、会見後記者室を訪れ「わび状を書いてもよい。お許しにならないなら国会議員の辞表も書こう」とあやまった。
 秘書の話では、さいきんの激務のほか、共和精糖グループへの過剰融資の追求に対する脅迫で極端なノイローゼにかかり、ここ二週間ほとんど眠っていないという。」


ともかく、ちょっと休憩されたほうがよいのでは。『お許しにならないなら国会議員の辞表も書こう』という謝りの文句が、なんだか尋常じゃないと感じさせます。



「知識人の機能<上> サルトル氏の発言によせて 清水幾太郎」
(朝日新聞昭和41年10月12日朝刊16面)


「サルトルの来日は時期が悪かったように思う。彼が労働者階級への奉仕というマルクス主義的方向でインテリの位置や役割を論じているのを読むと、私たちは、戸惑いというよりは、むしろ苦しいいら立たしさを感じる。(中略)
 考えてみると、私たちがかつてサルトルに夢中になっていたのは、まだスターリン主義が生きている時代に彼が反スターリン主義の旗手であったからである。(中略)
 サルトルは知らないであろうが、日本には、無能怠惰、専門の領域では何一つ仕事をせず、政治的事件が起こった時だけ、また、だれかがマルクス主義を批判した時だけ、にわかに目を覚まして発言するインテリが多過ぎる。サルトルの来日は、この人々を少しおだてる効果があったように思う。」


清水さんは60年代の安保闘争で活躍された一人だと記憶していますが、その清水さんにして、このお言葉。確かに、サルトル氏の言葉には、現代からのズレを感じさせられました。



「相変わらずガラ空き 都心乗入れの地下鉄東西線」
(朝日新聞昭和41年10月12日朝刊16面)


「地下鉄東西線が竹橋ー大手町間を延長開通して十日余り。都心まで乗入れたが、乗客は相変わらずまばら。ラッシュ時でもつり皮がふさがる程度だから、中央線などでもみくちゃになって通うサラリーマンにとってはうらやましい路線だ。」


営団の思惑通りには行かないようですね。記事によると、一日の乗客数が十万二千人。丸の内線が一日百一万人ということですから、十分の一です。来年には、東陽町まで延伸して、他の地下鉄の路線との乗換も生じるので、その際の乗客増に期待しているとか。



今日の殺伐



「内気な女高生自殺 "共同募金に立たぬ"と責められて」
(毎日新聞昭和41年10月12日朝刊15面)


「【越谷】十一日午後零時ごろ、埼玉県北葛飾郡の江戸川で女学生の水死体があがった。吉川署で調べたところ、千葉県東葛飾郡、加藤三代さん(一五)とわかった。
 三代さんは、共同募金のクラス責任者になっていたが、内気な性格のため街頭募金が行なわれた一、二日は欠席した。五日登校したところ、級友から責任を問われ六日から家出していた。」


赤い羽根を殴って売りつけるヤツがいると思ったら、赤い羽根を売るのが恥ずかしくて自殺してしまう人もいるんですね。

(→1966年10月4日に関連記事があります)



「遊びにきた男が放火自殺 杉並の美容院で」
(読売新聞昭和41年10月12日夕刊11面)


「十二日午後二時ごろ、東京都杉並区、美容院佐渡さん方二階の瀬口正義さん(三一)の六畳間から出荷、木造二階建ての店舗併用住宅百三十平方メートルのうち、二階の五十平方メートルを焼いた。焼け跡から瀬口さん方に遊びにきていた関根正史さん(二七)が焼死体でみつかった。
 荻窪署で調べているが、関根さんは部屋にガソリンをまいて火をつけ、焼身自殺をはかったらしい。この火事で二階の五世帯、十五人が焼け出された。」


出先で自殺するだけで十分迷惑なのに、『ガソリンをまいて火をつけ』ですよ。自殺するにしても、周囲への影響をもっと考えて欲しいもんです。しかし、見出しに『遊びにきた』という言葉を選んだのが妙ですね。『遊びにきた』と『自殺』がどうもしっくりこないです。暢気に『遊びにきた』男が、唐突に『放火自殺』ですよ、おかしいと思いませんか。『悩みがあって相談しに来ていた』とかだったらすんなり読めるのですが...。『遊びにきた』といのは、瀬口さんの言葉なんですかね。
| - | 00:50 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
ちょっと、しつこいぐらいに東西線のニュースを取り上げてますが、結局いつごろから現在のように混み合う路線になったんでしょうか。記事中に「中央線でもみくちゃになるサラリーマンにはうらやましい路線だ」とありますが、それなら東西線を使えばいいのに。

東西線への乗換は不可・国鉄を使えと、会社が通勤手当を出さないことが原因だったんですかね。
| 産業ロック製作所長 | 2006/10/27 1:03 AM |










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