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昭和40年代への誘い 〜〜〜 産業ロック製作所謹製
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佐藤内閣支持率26.2%
 来日中のサルトル氏、ボーボアール女史でしたが16日に帰国されたようです。

「"日本の両面(伝統的と現代的)に愛着" サルトル氏、ボーボアール女史帰国」
(読売新聞昭和41年10月17日朝刊14面)


「フラシスの哲学者、J・P・サルトル氏と、女流文学者シモーヌ・ド・ボーボアール女史は、約一か月の"日本休息旅行"を終えて、十六日午後十時半発の北極回り日航機で帰国した。
 両氏は帰国を前に同日夕、東京・港区のホテル・オークラで記者会見、日本の印象についてサルトル氏はつぎのように語った。「短い滞在期間なので決定的なことはいえないが、京都と東京のように、伝統的なものと現代的なきわだった両面のどちらにも、強い愛着を覚えた。この二元的な面が将来どんなふうに変わるか、興味深い。広島を訪れたとき、わたしの感覚には耐えられないものに出会うのではないか、という恐れがあったが、出会ったものは活気に満ちた、エネルギーにあふれた人たちだったことが印象深かった。それにしても原爆犠牲者たちが、見捨てられているという感情を持っていることは驚くべきことだど思う。彼らには当然占めるべき場所が与えられなければならない・・・」
 また、ボーボアール女史は「自然と人工的なものの混合にひかれた。自然が人工的にろ過され、芸術が生み出されている。その意味で飛行機からながめた福岡付近の、山頂近くまで耕された水田は、人聞の努力に裏打ちされた自然の美しさを感じさせた。日本の女性は結婚など、ある種の風俗習慣のうえでは保守的な面もあるが政治に関心を持ち、自己の解放を望んでいることを知った。婦人解放運動は、もっと視野の広い、人類解放をめざして進めるべきでしょう」といっていた。」

海外の人の日本訪問の感想の紋切り型「伝統的なものと現代的なきわだった両面」ですが、これって日本の専売特許ですかね?建国200年程度の米国はともかく、サルトル氏の本国も含むヨーロッパなんかも両方併存している感じだと思うのですが。



新聞斜め読み




「本社世論調査 深まる"政治不信"の傾向 佐藤内閣支持26.2パーセント 無関心組、大幅にふえる」
(毎日新聞昭和41年10月17日朝刊1面)


「佐藤内閣は八月はじめ第二次改造を行ない、物価安定など六項目の政治の重点目標を明らかにした。しかし、佐藤首相の政治刷新の意気込みにもかかわらず、改造直後の八月五日、自民党の田中彰治代議士が恐かつ、詐欺容疑で逮捕され、九月四日には荒船運輸相の"急行列車政治停車問題"が表面化、政界の腐敗、乱脈を思わせる事件が相ついだ。こうした情勢を国民はどうみているか--- 毎日新聞社は、九月十三日から一週間にわたり全国世論調査を行ない、佐藤内閣に対する支持率、おもな国内政策についての期待度、各政党の支持率などを調ベた。この調査結果で重視される点は、政治に対する無関心組が大幅にふえたことである。国民の半数近い人が政治に失望し、政治不信の傾向が強く出てきたことは注目しなければならない。(中略)

【問】あなたは、どの政党を支持しますか
政党名今回昭和41年5月
自民党36.9%41.0%
社会党21.6%26.4%
民社党3.4%4.0%
共産党0.9%1.0%
公明党2.9%3.2%
その他0.7%0.6%
支持政党なし32.5%22.8%
無回答1.1%1.0%

(政党の配列順は衆院の議席数による)

「支持政党がない」が本社調査では最高の三二・五パーセントとなり、この結果、各政党の支持率がいずれも下がったが、その内訳は複雑である。内閣支持率では前回調査で不支持を表明した人が大幅に「関心がない」に変わった傾向がみられたが「支持政党がない」は特定の層がこうした意見に変わったとはいえない。「支持政党がない」の比率上昇は全般的なもので、性別、地域別、年齢別などからみて特別な傾向はみられなかった。
 この理由は、国民の間にある根強い政治不信は、単に佐藤内閣と与党の自民党だけに向けられたものでなく、既成政治家全体を対象とする広がりをもっているためのようだ。佐藤内閣に対し強い不満を表明した層で、必ずしも自民党支持率が大きく下降せず、一方、社会党の人気が大幅に下がった層がある。自民党の支持率は結党以来最低、社会党は民社の分裂で支持率が急降下した時期があるので最低ではないが、低下率が自民党以上だったのは、社会党も清新さを失った既成政治家の集まりという見方があるためではなかろうか。
 自民党の支持率は全体が下がったので、内訳もほとんど下がったが、逆に上がったところもある。また女性に不人気の形が強くでている。男性の支持率は四一・五パーセント(前回より一・ニパーセント減)だが、女性は三二・三パーセント(七・一パーセント減)だ。支持率が上がったのもほとんど男性で、郡部では五〇・七パーセント(三・二パーセント増)三十、四十代の男性、事務・技術系、中小企業主も一〜二パーセント上がった。男女ともに支持率が上がったのは、大学卒などの高学歴者で、男性四〇・八パーセント(一・六パーセント増)女性三三・三パーセント(三パーセント増)となっている。支持率の下降幅が大きいのは、郡部女性三四・一パーセント(一〇・七パーセント減)女性の家族従業者四〇・七パーセント(一〇・三パーセント減)などだ。
 注目されるのは、前回社会党より低率だった七大都市、二十代の若年層の支持率がそれほど下がらず、逆に社会党を上回ったことである。七大都市は二七・九パーセント(二・五パーセント減)二十代は二七・一パーセント(二・四パーセント減)である。

社会党の地盤は大幅に沈下

 社会党は支持率の低下の幅が自民党よりやや大きいだけに、内訳でも軒並みに下がり、逆に上がったのは管理職・自由業三四・四パーセント(七・四パーセント増)と高学歴者男性の二四・九パーセント(一・四パーセント増)である。また従来、強い地盤とみられていた七大都市、若年層でかなり支持率が低下した。七大都市は二五・二パーセント(五・八パーセント減)二十代二五・九パーセント(四・八パーセント減)と自民党より大幅に低下した。また三十代をみても自民党三〇・七パーセント(三・三パーセント減)社会党二九・○パーセント(三・七パーセント減)でかんばしくない。」


新聞の支持率調査って、政権発足時を除けば、何か大きな問題が生じたときに行われるんで、低めの数字が出て当然のような気もしますが、社会党の支持率が自民党以上に落ちているのが気になりますね。自民の不祥事でチャンス到来のはずが、共倒れ状態になっています。



「紅衛兵運動 内部対立目立つ 壁新聞で功争う 大学生騒ぎ、中高生沈黙」
(読売新聞昭和41年10月17日夕刊2面)


「【北京・関特派員十六日発】中国の紅衛兵運動は、国慶節前後の”一時休戦”から新たな盛り上がりを見せている。壁新聞がふたたび壁という壁を埋め、地方の学生紅衛兵が、ふたたび町にあふれはじめた。だが反面では、紅衛兵運動の方向と路線をめぐって運動内部の対立がようやく複雑、先鋭化し、壁新聞を見ていると何一つ是非の判断のつかない混乱状態を深めているかにみえる。このため党中央が、この"混乱"の中から紅衛兵運動の”建設的成果"をどうとらえて行くか注目されている。(中略)
 これに関連して注目されるのは、李雪峰第一書記を批判しているのが主要大学、高専数校の紅衛兵だけで、中学(高校課程を含む)紅衛兵の壁新聞が見当たらないことだ。これは、紅衛兵運動が大学、高専の学生を中心とする少数精鋭の運動にしぼられてきたことを示すものとみられている。また、北京市委員会前に張り出された李雪峰批判の壁新聞は、いまのところ北京大学、北京師範大など五つの大学、高専の紅衛兵のものだけで、清華大学、人民大学をはじめとする他の大学、高専の紅衛兵は、鳴りをしずめているかにみえる。
 このため、李雪峰批判は、北京の全大学、高専の総意を代表しているかどうかはまだわからない。総意を代表しているとすれば(したがって、党中央の意向を反映しているとすれば)李雪峰第一書記の失脚ないし後退と北京市委員会の再改組は、免れない。だが、もし李雪峰批判が無実で、シロと断定されれば、紅衛兵運動は、大きな転機を迎えることになろう。李雪峰批判問題の行方は、紅衛兵運動の今後を占う一つの勝負どころとみられている。
 というのも、紅衛兵運動には、メッカの北京においてさえ、対立、混乱が目立ってきているからだ。紅衛兵運動には、全国の統一本部はもちろん、北京の統一本部も結成されていない。北京にさえ、いくつかの本部があり、これらの本部間に連絡総本部が設けられて、これが、統一指令を流しているともいうが、統一本部には指導権はないともいう。「首都大専院紅衛兵本部」の結成準備委員会が結成されたかと思うと、同本部は「修正主義のがん強なとりで」という壁新聞が張り出される。
 一つの学園、一つの工場内部の紅衛兵同士の対立へ乱闘も数多く「われこそは、毛沢東思想の紅衛兵」とたがいに相手を批判、攻撃した壁新聞を張り出して、対立している。これまで紅衛兵隊長をつとめた学生が"反党分子”としてつるし上げられるといったケースもでてきた。このため、十六日には、北京機械学院の紅衛兵が「紅衛兵の各級指導機構を、即時解散して文化革命委員会の各級指導機構をすみやかにつくり、紅衛兵運動の統一化をはかれ」と呼びかけた壁新聞も張りだされ、関心を集めている。八月十八日の天安門前広場での大集会に始まった紅衛兵運動は、北京の混乱を全国の地方都市にぶちまけた感がある。」


最近は断片的な記事しかなくて、現状がよく分からなくなっていた紅衛兵ですが、読売にまとまった記事がきました。かなり深刻な内部対立が起きているようです。あまり混乱が続くようだと、党中央から一気に粛正されるんじゃないかと。



「劉主席ヤリ玉に 壁新聞 李雪峰の黒幕を示唆」
(毎日新聞昭和41年10月17日朝刊1面)


「【北京十六日高田特派員】十六日、中共の劉少奇国家主席が李雪峰北京市党委員会第一書記の"黒幕"的存在であることを示唆する壁新聞が北京市委員会前に張りだされ、注目されている。この壁新聞は北京建築工業学院鋼鉄戦闘組の名義で「李雪峰同志の回答を要求する」と題された公開質問状の形をとっている。(中略)
 紅衛兵の李雪峰北京市委第一書記に対する攻撃が、明らかに毛沢東=林彪路線の意図を反映しているとみられており、この壁新聞にもそうした「党主流派」の意向が反映しているとも思われるからである。十五日に党中央前にはり出された「王光美(劉少奇夫人)式の人物、賀蘭階を引きずり出せ」との壁新闘は十六日タ刻なおそのままである。「文化大革命」は重大な段階に差しかかっているようだ。」


内部対立の深刻化が伝えられる紅衛兵ですが、劉少奇国家主席に対する攻撃は、これまで通り行われているようです。おそらく、この件については毛主席か林彪国防省からしっかりしたおスミつきが出ているんでしょう。しかし、紅衛兵がらみの記事では、しょっちゅう『「文化大革命」は重大な段階に差しかかっている』という記述をみかけるんですが、いったい何回重大な段階に差しかかっているんでしょうか。



「毛・林批判も 北京の壁新聞 チェコ紙報道」
(読売新聞昭和41年10月17日夕刊2面)


「【プラハ十六日発チェテカ=共同】十六日のチェコ共産党機関紙ルデ・プラボによると、最近北京に現われた壁新聞は紅衛兵が武漢で毛沢東中国共産党主席と林彪副主席を公然と攻撃したと述べている。
 この壁新聞によると、文化大革命を推進するため最近武漢を訪れた北京大学の一学生は「林彪副主席は革命的でない」と宣言、他の学生は「毛主席の社会的出身階級をさぐってみれば、彼が富農の出であることがわかる」といったといわれる。
 これらの壁新聞は紅衛兵をごろつきだとし、若い女に乱暴を働いていると非難、さらに「紅衛兵運動は破壊的であり、反革命的だ」と述べている。」


これは、反紅衛兵のグループが作った壁新聞なんでしょうか、それとも紅衛兵内部で対立するグループを非難するための壁新聞なんでしょうか。



「ブレーキきかずバス暴走 お客さん飛び降りて! 下り坂猛スピード 追突、1人死に11人ケガ」
(読売新聞昭和41年10月17日朝刊15面)


「【中之条】秋の交通安全運動が後半にはいった十六日朝、群馬県吾妻郡草津町の草津有料道路下り坂でブレーキのきかなくなった乗客三十人乗りの定期バスが暴走「飛び隆りてください」という運転手の声に、乗客七、八人が次々に飛び隆りるなかを、時速九十キロに加速したバスは、前を走る家族六人乗りのライトバンに猛烈な勢いで追突、ライトバンを二メートル下の沢に転落させ、一人死亡、五人に重軽傷を負わせた。さらにバスは八百メートル暴走、山林に衝突して横転、乗客六人が重軽傷を負ったが、出発前から運転手はブレーキの異状に気づいていたという。(中略)
 バスの乗客などの話によると、河合運転手は始発のターミナル駅に停車中から「おかしい」といいながらブレーキを二、三回踏んでいたという。同ターミナルから七、八百メートル付近のところにある有料道路の料金徴収所から下り坂が続き、約一キロ走ったところでブレーキはほとんどきかなくなった。乗客から「サイドブレーキ、サイドブレーキ」と声がかかり、一時はサイドブレーキで減速、その間に河合運転手が「ブレーキがきかない。飛び降りて下さい」と叫んだため、乗客七、八人が次々に飛び降りた。この間車掌の井草文代さん(一五)も木製車止めを持って飛び降り、乗客の協力で走りながらこれを前車輪の前においたが、勢いのついたバスはこれを乗り越えて走り続け、ついにはサイドブレーキも焼け切れて使えなくなった。このためバスは、一時は九十キロの猛スピードとなって約ニキロ暴走、前を走る斎藤さんのライトバンに迫った。」


亡くなったのは、追突されたライトバンに乗っていた小学六年生の男の子。運が悪いというのか、なんというのか。ともかくも、ご冥福をお祈りします。



「歩行者初めて逮捕 信号無視の酔っぱらい」
(読売新聞昭和41年10月17日朝刊15面)


「十六日朝、東京・目黒区で、酒に酔って赤信号を無視、横断歩道を渡ろうとした労務者が道交法違反現行犯で碑文谷署に逮捕された。歩行者が書類送検されたケースはあるが、逮捕されたのは警視庁管内で初めて。
 同日午前十一時二十五分ごろ、目黒区中根一の二の一四さき目黒通り都立大学駅前交差点で、赤信号なのに横断歩道を酒に酔って片手をあげながら渡っている男を交通整理中の同署村上英機巡査(ニ三)が見つけた。
 同巡査が笛を吹いて注意したが無視して渡り続け、同通りに車の列ができた。たまりかねた同巡査は男を歩道に連れ出し注意すると逆にくってかかったので、道交法違反現行犯で逮捕した。」


歩行者用の免許証も必要ですな。



今日の殺伐




「老女殺し続けて2件 いずれも一人暮らし 三日に一件の"殺人ペース"」
(読売新聞昭和41年10月17日夕刊11面)


「十七日朝、東京都内で老女が死体で見つかるという事件が二件もあった。杉並区内では会社役員のおばあさんがコン棒で頭部を一撃され、一方の板橋区内では小料理店のおかみがフトンむしにされて殺されており、いずれもひとり暮らしをねらった無残な事件。警視庁は志村、荻窪両署にそれぞれ強盗殺人事件特別捜査本部を置き、犯人追及を始めた。(中略)
 また殺人事件が二件。これで一日に連続二件の殺人事件捜査本部が置かれたのは、ことし三回目。一回目は、さる一月二十五日王子の麻雀屋手伝いと巣鴨のバー・ホステスが殺されたとき。二回目は十月二日に大塚での長うた師匠殺しと四谷の売春婦殺し。一日二件の殺人事件捜査本部が三回も設置されたのは警視庁始まっていらいの"おそろしい記録"。
 年間の殺人本部数も二十三件となり、昨年の十四件を大きく上回った。五月末以来三日に一件の割りで殺人が起きている勘定だ。」


何度か既に書きましたが、本当に今年は殺人が多いですね。治安の悪化が身にしみるこの頃です。
| - | 04:20 | comments(1) | trackbacks(1) | pookmark |
佐藤内閣支持率26.2%ですか...。

一方、現在の安倍内閣の支持率は、上記の佐藤内閣の記事と同じ毎日新聞の調査(2006年9月26日,27日)だと67%。

隔世の感がありますな。
| 産業ロック製作所長 | 2006/11/02 4:38 AM |










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